「準さーん。腹へりません?」
「あーそう」
「あーそうじゃなくて。飯食いに行きましょうよ」
練習が終わると一目散に駆けてくる利央の姿に、ユニフォームを脱ぎかけた準太の手が止まる。
尻尾を振ってじゃれてくる子犬のような少年の姿に、周囲の部員たちは苦笑していた。
「冷たいこと言わねーで連れてってやれよ」
隣りで着替えていた先輩部員に肘でつつかれ、準太はふてくされた表情になる。
「こいつ財布持ってこないんすよ」
「女房を養うのは旦那の役目だろ」
誰が、心の中でそう叫びながら背後を振り返ると、期待に満ちた視線につかまる。性質の悪い女房役は穴が開くほどじっと彼を見つめ、返事を待っていた。女房役といっても利央はまだ正捕手ではない。
あきらめまじりのため息をつくと、仕返しとばかりにわざと抑揚をつけずに言い放つ。
「とりあえず着替えるから。むこう向いてろ」
「あれ? 準さんなに照れてるんすか」
「和さん、こいつ殴っていいっすか」
部室が笑いに包まれる。それはいつもの光景だった。
財布と相談した結果、ファーストフード店に入ることにする。
予想通り利央は財布を持ってきておらず、遠慮なしに注文した後輩の尻を耐え切れず後ろから蹴飛ばした。痛いと涙目で訴えかけてくる姿に少し気分がすっきりする。
「少しは遠慮しろ」
「えー。だって準さん好きにしろって言ったじゃないですか」
あきれて二の句が継げない準太の正面で、利央は満面の笑みを浮かべてさっそくハンバーガーの包みを開けている。その表情を見ていると怒るのも馬鹿らしくなり、頬杖をついて深いため息をついた。
息つく間もなくひとつ目をたいらげた利央は、すぐさまふたつ目に手を伸ばす。
「準さん食べないんすか」
「お前見てると胸焼けしてきた」
「じゃあそれもらっていいっすか」
指差した先にはまだ手をつけていないハンバーガーがある。期待にぎらつく視線に負けて頷いた。
周囲のざわめきの中、ふと準太の思考が止まる。女房を養うのは旦那の役目だろ、不意に先輩に言われた言葉が頭をよぎった。
近い将来目の前の少年とバッテリーを組むことになるだろう。普段幼い印象を受ける利央だが、マスクをかぶれば表情は一変する。しかし現在はどこから見ても小さな子供である。唇の端についたケチャップに気づいて、準太はがっくり肩を落とした。
「利央、ケチャップついてる」
口の端を指差すと、利央は舌で拭おうとした。しかしいくらやっても届かない。
「もっと上」
「そんなに言うなら準さんが拭いてくださいよ」
「やだ」
にべもなく言い放ち、ストローに唇をつける。
冷たい物言いに傷ついた様子の利央は、手の甲で口の周りを乱暴に拭った。
すねた顔がよほどおかしかったのか、準太の肩が小刻みに震えている。自分の言葉に一喜一憂する姿を実は密かに気に入っていた。くるくる変わる表情が見たくて時々わざと意地の悪いことを言ってみたりする。言われた当人はすっかり自分が嫌われていると思っているようだが。
「準さんってオレのこと嫌いなんすか?」
「さあな」
「えー!? どっちですか? 答えてくださいよ」
必死の形相がおかしくて、堪えきれずに吹き出してしまう。答えはあと二年くらい保留にしておこうと決めた準太だった。
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