恋愛は命がけの追いかけっこである。
勝つか負けるか、戦いの連続。
吹きつける風がすっかり冷たくなった十二月中旬。
降り注ぐ葉を雪と見間違えた準太は立ち止まって宙を仰いだ。手のひらを何気なく差し出すとそこに一枚の枯葉が落ちてくる。
見上げた木はすっかり風に揺られて葉を落とし、手のひらに乗ったそれは最後の一枚のようだった。裸になった枝の向こうには重苦しい雲が垂れている。
息を吐き出せば白く、いつの間にか移り変わった季節をひとり感じていた。そんな彼の背後から嬉々とした声がかけられる。
「準さーん」
瞬間、準太の肩が大きく跳ねる。
引きつった口元のまま振り返ると、大きく手を振りながら駆けてくる仲沢利央の姿が映った。無邪気な笑顔を振りまきながらやってくる姿を見なかったことにしてそのまま歩いていると、肩に腕を回される。
「くっつくな」
「照れない照れない」
「照れてねぇ」
冷たく言い放つと悲しそうな双眸を向けられる。
一瞬揺らぎかけた心を立て直し、準太は巻きついた腕からさりげなく逃げ出した。
傍から見ればじゃれているようにしか見えない光景だったが、気づいていないのは二人だけである。
「もうあきらめれば?」
「冗談やめてくださいよ、慎吾さん」
昼休み、三年六組の教室に準太の姿があった。
教室の隅の席を陣取って牛乳を飲んでいた島崎慎吾は、前の席で単語帳を開いている河合和己に同意を求める。
あきらめれば、というのはもちろん利央のことである。無邪気に好意を剥き出しにしてくる後輩に戸惑う準太は、野球部の先輩の元に身を隠していた。
引退して今は受験勉強に励んでいる二人だったが、彼らのやり取りを生温く傍観している。約一名は時にかき回して楽しんでいた。
「あいつ悪い奴じゃないし。図体でかいわりに健気でかわいいと思うけど?」
慎吾の無責任な言葉に目をつりあげて反論する。
「だってあいつ欲望のままにって感じで食われそうっすよ」
「いっそおいしくいただかれるってのも面白いって。クリスマス近いから、リボンでもつけてプレゼントしてやればいいのに」
「全然面白くないっすよ。和さんだってそう思いますよね」
必死の形相で同意を求められ、河合は苦笑する。どちらの後輩とも付き合いは長く、かわいがっているため複雑な気分だった。どちらの味方かと聞かれれても正直困ってしまう。
頭をかいてしばし考え込んだのち、どうしたものかと慎吾に視線をやる。彼はすっかりいいおもちゃを見つけたとばかりに上機嫌だった。
野球から離れた慎吾にとって、現在の楽しみは後輩で遊ぶことである。厳しい受験勉強の息抜きとばかりに存分に楽しんでいるようだ。そんなクラスメートを一瞥すると、河合は困り果てた様子で準太の肩に手を置いた。
「まあ、頑張れ」
それ以外に言葉が見つからない。準太は裏切られたとばかりに恨めしい視線を向けてきた。
「和さんまでそんな」
疲れ果てた様子で机に突っ伏していると、ご機嫌な足音が近づいてくる。慎吾は双眸を輝かせて「お迎えきたぞ、準太」と軽快な口調で告げた。
途端に唇から重たいため息が零れる。頬を押し当てた机は実に冷たい。
「やっぱりここに居た!」
「ただいま留守にしております」
「何言ってんすか、準さん」
必死の抵抗も無駄に終わる。
利央は満面の笑みを浮かべて近くの椅子を引っ張り出してきた。もちろん場所は準太の隣りである。
河合は勉強に集中しているふりをして単語帳を食い入るように見つめた。慎吾は頬杖をついて餌に食いつく気満々である。
「で? 今日はどんな夫婦漫才を見せてくれんの」
「夫婦じゃありません!」
すかさず準太の突っ込みが入る。珍しく声を荒げる後輩に河合は目を丸くした。
「慎吾さん、照れるじゃないっすかー」
妙に意気投合している二人にがっくり肩を落とし、何も聞こえないことにする。準太のささやかな抵抗に苦い気分になる元女房役だった。
「ブルペンで思いっきり球ぶつけていいですかね」
こっそり耳打ちすると、河合は苦笑しながら小さく頷く。もうどうにでもしてくれといった心境である。
完全に面白がっている慎吾を睨みつけると、耐え切れなくなった準太は利央の袖を捕まえて教室から引きずり出した。
「お前さ、いい加減あきらめろって」
「何をです?」
わざととぼけてみせる利央に苛立ちを隠せない。目をすがめて威嚇してみたが、すでに先輩の威厳などないらしい。利央はあっけらかんとした表情で人差し指を立てた。
「勝負は最後までわかんないっすよ」
いつも無邪気な笑顔ばかりを見せる女房役の不敵な笑みに一瞬流されそうになる。うっかり頷きかけた首を大きく横に振り、虚勢を張るように声を荒げた。
「もうとっくに勝負はついてんだよ」
「聞こえませーん」
にこやかに耳を塞いで言い放つ利央の両手を無理矢理引き剥がし、耳元まで近づいて大きな声でもう一度同じことを告げる。
「勝負はついてんだよ」
「聞こえませーん」
廊下に二人の大声が響く。何事かとドアから顔を覗かせた慎吾と河合は深いため息をついた。
「あいつらどう見てもいちゃついてるようにしか見えないな」
「……気づいてないのはあいつらだけだろ」
慎吾のあきれまじりの言葉に河合は深々と頷いた。
それでも認めてしまえば負けてしまうような気がして素直になれない。口から零れる言葉の半分以上は意地だったが、この勝負負けるわけにはいかないのだ。
凶悪な鬼から逃げ惑う日々はまだまだ続く。
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