「気がつけばもう四人死んでますけど?」 花井はつい先程とうとう倒れてしまった沖をちらりと見た。 数十分前、洗面所でばったり会った時はすでに真っ赤になった鼻をしきりに気にしていた。自分の顔が赤くなっていないか尋ねると、なぜか挙動不審な様子で首を大きく横に振った。 そんな沖の様子に首をかしげていると、何を思ったのか彼は花井の肩に手を置いて神妙な面持ちで告げる。 「花井はエライよ。キャラ濃すぎるチームまとめてるんだもんにゃ」 語尾が少々おかしかったが、突っ込んでいいのかためらってしまった。 「お? おう」 改まって言われると無性に恥ずかしい台詞である。 赤くなった顔をごまかそうともう一度水を引っ掛けると、頭に巻いていたタオルで乱暴に拭いた。洗濯機の上に置いておいた眼鏡をかけると、やけに見つめてくる沖の視線からさりげなく顔をそむける。 「マジで花井はすげーな」 「あんま言うなって」 ほめられて悪い気分になる者はそういない。花井も例外ではなく、執拗にほめちぎってくる声ににやけながら部屋に戻ったのだった。 その沖は現在西広のカウンターを食らって床に倒れている。カウンターを繰り出した張本人はするめがいたくお気に入りらしく、辺りに強烈な臭いを振りまきながらじっくり味わっていた。 主将である自分は最後まで責任持って起きていなければならないと意気込んでいた花井だったが、それほど酒に弱くないと思っていた彼を上回る強敵がいたらしい。実は水を飲んでいるのかと疑いたくなるほどだ。 何度も途切れかける意識だったが、下着姿で踊りまわる田島の姿に引き戻された。 「たじまぁ、服着ろ。風邪ひくぞ」 こいつが起きている限りは自分が見張らなければならない、そう思い直して頭を振った。 「かあちゃんみてぇ」 「誰が!」 苛立ちを抑えきれずに無理矢理服を着せようとすると、田島はするりとそれをかわしてベッドの方へ逃げた。ますますあおられる怒りに向きになり、花井は正面を見据えて田島の上着を握りしめる。 まさしく幼い子供と母親の構図だったが、それを言えば花井が激昂することが目に見えていたので全員静観する方向に決めた。 「テメェ、いいかげんにしろよ」 舌を出して挑発する姿に思わず声を荒げると、足元で気持ち良さそうに眠っていた三橋が薄く目を開いた。 しかし寝ぼけていた目は一瞬にして覚める。自分の真上で、上着を握りしめて目をつりあげた主将と、下着一枚で舌を出す四番が理解不能な戦いを繰り広げていたのだ。 目を瞬かせたのち、慌てて上半身を起こした三橋。ようやく目を覚ました彼に大喜びの田島は、裸のままエースに抱きついた。三橋は顔を真っ赤にしてもがいている。 「優しくしないとダメなんだぜ!」 「うへぇ?」 わけもわからずただひたすら頷く。上機嫌になった田島は花井のことなどすっかり忘れた様子で三橋をベッドから引きずり下ろした。 花井は振り上げた拳をどこに持っていけばいいのかわからず途方に暮れる。そんな彼を栄口が優しく励ました。 「そんな花井も、いいと思うよ」 どんなだよ、と内心突っ込みを入れてしまう。虚しくなって残っていた酒を飲み干した。 「まーまー飲んでくださいよ、主将」 主将、という言葉に気を良くした単純な少年は、再び浮上した。 「なーなーみはしー。ちゅーしよーぜー」 「やめろっつってんだろーが」 田島にいちいち突っ込む花井を肴に飲んでいた泉は、テーブルに頬杖をついて深いため息をついた。 「あきねぇな、花井も。ほっときゃいいのに」 主将は肩を抱かれて真っ赤になった三橋を田島から引き剥がしにかかっているところだった。 「あれは花井の性分だからしょうがないんじゃない?」 「だいたいアレだろ? 田島に何欲しいか聞いたら三橋って答えたんだっけ。完全にガチじゃん」 「田島ならなんでもアリな気がするのってオレだけ?」 「確かに」 前髪をかきあげてあきれまじりのため息を吐くと、泉は魔王に手を伸ばす。自分と栄口のコップに酒を注ぐと、にっと歯を見せて笑った。 「暇だからどっちが先に死ぬか、賭けようぜ」 「え? 別にいいけど」 二人はグラスを合わせてひと口含んだ。 肴はもちろん肩で息をしながら懸命に三橋を守ろうとする、主将の健気な姿である。一方渦中の三橋は、自分を挟んで繰り広げられる戦いにどうしたらいいかわからずおろおろしていた。見かねた巣山が手招きしているのが見える。助かったとばかりにこっそり抜け出すと、袖をまくって枡を片手に苦笑する巣山が迎えてくれた。 「す、やまくん、それカッコいい、ね」 枡を指して照れくさそうに言う。巣山は気を良くして三橋にそれを差し出した。角には塩が盛ってある。 「枡で飲むとひと味違うよ」 勧められるままそれを手にすると、恐る恐る唇をつけてみる。 「おい、しい、よっ!」 「だろ?」 ほんのり赤くなった頬を両手で押さえ、幸せそうに微笑んでみせる。その姿がかわいらしかったので、巣山は嬉しそうに目を細めて頭を撫でた。ほめられたのだと認識した三橋はお返しとばかりに巣山の上腕二頭筋に触れる。 「すごい、筋肉」 「え? そうか? すごいか? じゃあ三橋には特別に見せてやるよ」 「うへ?」 何を見せるのかと思えば、巣山は突如床に両手をついて腕立て伏せを始める。 吐き出される荒い息に三橋は目を白黒させた。しかし本人は驚くほど得意げなのでかける言葉が見つからない。周囲を見回しながら助けを求めていると、戦いを繰り広げていた花井がそれに気づいた。 「ちょっと待った。オレも負けてらんねー」 どこをどう間違って闘争心に火がついたのか、花井は慌てた様子でスクワットを始める。 馬鹿馬鹿しくて突っ込む気も失せている栄口と泉もひそかに戦いを続けていた。お互い上手な飲み方には自信があるらしい。 「巣山頑張れー。花井なんかやっちまえー」 田島の声援で妙な盛り上がりを見せ始めた筋トレ対決。三橋は余計なことを言った自分を激しく呪った。 「オ、オ、オレ、オレ、そんなこと言って、ないよ」 やや怯えた声でやっとそう言うと、張り切って腕立て伏せをしていた巣山が床に潰れた。 「か、勝った」 勝ち誇った表情の花井の足元でひどくがっかりしている巣山は、顔をわずかに上げて力無い笑みを見せる。 先走ってしまった彼を羞恥が襲う。のろのろと起き上がって部屋の隅に向かうと「しばらくひとりにして」と口にして膝を抱えた。不憫な少年に生温い視線が向けられる。 「ご、ごめ、ごめん」 「いや、調子に乗ったオレが悪いんだ」 遠い目をしてあさっての方向を見つめる彼の元に西広が向かう。先生の出動に一同は期待を寄せた。 「スルメ食う?」 「……気持ちは嬉しいけど、いいや」 巣山は深いダメージを受けた。 |