教室の真ん中では、三人の少年たちが顔を寄せ合って真っ赤な顔をしている。全員口をしっかり閉じて互いの様子を窺っていた。傍から見れば怪しい光景だったが、各々自分たちの話に夢中で気にする者も居ない。 しかしそこにふと足を踏み入れた栄口は違った。 「え? 何してんの」 今日の連絡事項を伝えようと休み時間に一年九組を訪れた栄口だったが、ただならぬ様子に思わず息を呑んだ。気遣わしげに手を伸ばして泉の肩に触れると、真っ赤になった彼の顔が歪む。次の瞬間、盛大に息を吐き出した。栄口は驚いて一歩後退する。 「あー! 栄口のせいだかんな」 「え?」 突然非難の声を上げられ、わけもわからず「ごめん」と謝ったが正直腑に落ちない。 それまで顔を真っ赤にして息を詰めていた三橋と田島も大きく息を吐き出す。 「ほらね! また泉が負けるって言ったろ?」 「栄口が触らなかったらわかんねーよ」 なぜか自分に矛先を向けられ、栄口は救いを求めるように三橋を見つめる。するとまだ赤みの差した頬を押さえて三橋が途切れ途切れに答えた。 「い、息、とめ、て」 「我慢できなかったヤツが負けって?」 三橋は何度も首を縦に振る。 息を止めて最初に吐き出した人が負け、というゲームをしていたらしい。それは最近彼らの間で流行っているようで、負けた人間が購買部までジュースを買いに行くというルールだった。 泉は二連敗ということで不機嫌をあらわにしている。 「で、何の用?」 「あ、花井から伝言。今日最初に部室でミーティングするからグラウンド行くなって」 「あっそ」 思いのほか不機嫌な泉に苦笑する栄口。どうしようかと言葉を選んでいると、不意に横から田島の手が割り込んできた。 「じゃもう一回やろうぜ。それなら泉も文句ねーだろ」 「いや、オレは」 断ろうと思ったが、不機嫌な様子の泉につかまって、あっけなく引きずられてしまう。 「三橋、隣りから椅子持ってきて」 泉の指示に弾んだ声で返事した三橋は、張り切って隣りから椅子を運んできた。逃げ場をなくした栄口は引きつった笑みを浮かべて渋々着席する。 「最初に息吐いたヤツが負けな」 簡潔にルールが述べられ、反論する間もなくゲームがスタートしてしまった。 お互いを見張るため、額がくっつくほど近づいて不正がないか手を鼻の下にかざしあう。ただ息を止めているだけでは面白くないということで、それぞれが相手を笑わせようと変な顔をしてみせた。 田島が唇を突き出して三橋を笑わせようとする。三橋は一瞬緩みかけた唇を引き締め、込み上げてくる笑いを何とか押しとどめた。続いて泉が先程の仕返しとばかりに、鼻を人差し指で押し上げて栄口に迫る。彼も負けじと両手の指で顔を引っ張って応戦した。泉はぐっと喉を鳴らして吹き出しそうなのをこらえる。 みな必死の形相で顔を赤くしながら懸命に耐えた。なかなか動かない状況に業を煮やした田島が不意に立ち上がる。もちろん口はしっかり閉じたままだ。 立ち上がった田島は栄口の背後に回り、わけがわからず振り返ろうとした彼の頭に湿った布をかぶせた。驚いて声を上げるより少し早く、隣りの泉が激しく咳き込む。のけぞりすぎて危うく椅子から落ちそうになった。 「おまえっ、それ、反則!」 「何したんだよ、たじま!?」 栄口は慌てて頭に手をやったが、その手をつかまれ阻止される。三橋も鼻の下を伸ばして笑っていた。泉にいたっては携帯電話を取り出して写真を撮ろうとしている。 「あとで送ってやっから」 「なに? マジでなんなんだよ。三橋! 教えて」 写真を撮ったのを確認すると、田島はさりげなく布を引き抜いてポケットに押し込んだ。二人の満面の笑みからしてよからぬ事態だというのは明白である。しかしいくら尋ねても誰も答えてくれないので、仕方なくメールを待つことにした。 その日の夜送られてきたメールの件名は「海パン先生」となっており、添付されていたのは田島の海水パンツをかぶった自身の画像だった。 「田島……」 その日から九組への伝達係は阿部になった。 |