「おい三橋! きいてんのか!?」 ブルペンから響いてくる怒声に練習中の少年たちの手が止まった。みな顔を見合わせて視線だけで会話する。いつしかすっかり西浦高校野球部の名物となった光景に部員たちは苦い表情を浮かべた。 ブルペンではミットを脇に挟んで三橋の元に駆け寄る阿部の姿がある。三橋はすでにかなり萎縮しており、背中を向けて逃げ場を探していた。 「言いたいことあんならはっきり言えよ」 聞こえてくるのは阿部の怒声ばかりで、三橋はひたすら目をそらしてグラブで顔を隠している。 「あーあ。阿部また怒鳴ってる。三橋カワイソー」 バッティングの練習をしていた水谷がぽつりと呟いた。田島はその声を聞き流して遠くの様子を窺っている。 三橋はユニフォームをつかまれ、観念したように阿部に向き合った。田島はバットを足元に置くと、ヘルメットを放り投げて小走りでブルペンへ駆けていく。 「ご、ごめんな、さい」 「あやまってばっかじゃわかんねーっつーの」 苛立ちが最高潮に達した阿部の声に三橋がとうとうしゃがみこんでしまう。 抑えきれない感情のやり場に困って額をかきむしっていると、軽い足取りで田島が現れる。阿部はその姿を一瞥すると再び三橋を睨みつけた。 「オイ阿部。三橋イジメてんなよ!」 「別にイジメてねーよ!」 心外だとばかりに激しく反論した阿部だったが、田島はそんな彼をきつく睨みつけてからしゃがみこんだ。 「ヘーキか?」 三橋は問いかけに何度も頷く。 すっかり不利になってしまった空気に、阿部の苛立ちは募るばかりである。彼はしばらく静観しようと決め込み、腕組みをして二人を見下ろした。すると田島がユニフォームのポケットから得意げに飴玉をひとつ取り出す。 「これ食って元気だせよ」 「あ、ありがとう」 三橋が嬉しそうに包みを開けていると、田島はもうひとつポケットから飴玉を取り出して自分の口に放り込んだ。 「ふひっ」 甘さが口いっぱいに広がり、二人は互いに笑みをかわしあいながら飴を舌で転がす。 すっかり目尻に浮かんでいた涙は乾き、阿部はそれを認めると腑に落ちない表情で舌打ちした。 「阿部にはやんないよ。三橋イジメっから」 「いらねえよ」 再び訪れた険悪な雰囲気に三橋の視線が泳ぐ。どうすればいいのかわからず、言葉にならないうめき声を上げるばかりだ。 腕組みをしたままわざとらしく深いため息をついてみせた阿部。このままではただでさえ少ない練習時間がもったいないと判断して踵を返す。その背中に容赦ない言葉がぶつけられた。内容とは正反対の明るく弾んだ声である。 「阿部ってさー。友達いねーだろー」 何気なく飛び出した言葉に過剰に反応する。振り返って反論しようとしたが、いきなり飛び掛ってきた田島に受身を取るのが精一杯だった。なんとか踏ん張って倒れるのはまぬがれたが、つかんだ両手首に怒りを込めて強く握りしめる。 「なんなんだよ! いきなり」 「そんなおこんなよー」 田島の言葉があまりにも的を射ていたのは認めないことにする。 阿部は目をすがめて小柄な少年の首に腕をかけた。仕返しとばかりに絞めつけると、田島は激しく暴れて彼の腕を何度も叩く。 「ギブ!」 視線を下ろすと不安げな三橋と目が合い、これ以上悪者にされてしまうのも馬鹿らしく思えたので解放することにした。暴れ回っていた田島はその場に倒れこみ、首をさすりながら舌を出す。 「はぁー。死ぬかと思ったー」 うっかり飴玉を飲み込んでしまった、と大袈裟に騒いでいる田島を横目で見ると、一応短くわびておく。実はひそかに田島のひと言に傷ついているのだが、平静を装って地面に落ちたミットを拾った。 「三橋、そろそろ練習するぞ」 頷く三橋の隣りで田島がじっと阿部を見つめている。阿部は右手を顔の横に上げてため息をひとつついた。 「もう怒鳴んねーから。お前も練習に戻れよ」 それでも田島は視線をはずさない。阿部は苛立つ気持ちをぐっとこらえ、半ばやけになって叫んだ。 「ゲンミツに! 約束すっから」 「おし!」 再びバッティングマシーンの方へ駆けて行く田島の後姿を眺め、げんなりした様子で息を吐き出す。 しかしその三分後、ブルペンには再び阿部の怒声が響いていた。 |