ライバル

花井と田島。
田島のライバルって、誰なんだろう…


「お前なあ、真面目にやれよ」
 花井は呆れ顔で頭に巻いたタオルに触れた。うなだれると眼鏡がわずかに下がる。
 テーブルを挟んだ正面ではさっきからペンを鼻の下に挟む田島の姿があった。
「ん? だって花井が頑張れば、オレはそれ写すだけでいいじゃん!」
「てめえ」
 彼らは夏休みの課題に取り組んでいた。
 朝早くに田島から「お前んち行く」という連絡があり、要望通りお菓子と冷たい飲み物を用意して待っていたのだが、やってきた田島は課題に取り組むどころか、ベッドの下や机の引き出しをあさるばかりでまったく落ち着きがない。何をしているのか尋ねると「エロ本ないの?」と満面の笑みで答える始末である。
 呆れ返った花井は首根っこを捕まえてようやく座らせたのだった。無理矢理ペンを握らせたまではよかったが、今度は鼻歌を歌ったり消しゴムをちぎって投げたりとやる気は少しも見られない。
 いちいち構っていても時間の無駄だと判断した花井は、あきらめて課題に取り組むことにした。写させてやる気はさらさらなかったが、終わらせなければ野球の練習に集中できない。
 野球、というキーワードにふと花井の手が止まる。
「こんなバカに負けてんのかよ」
 思わず呟いてしまったひと言に田島が首をかしげる。聞こえていなかったことに安堵すると、ペンで額を掻いてごまかした。
 これまで野球に対して絶対的な自信があった。キャプテンで四番、確実に何かを掴んだ気がした。しかし今となっては目の前の呑気な少年に追いすがることに必死である。
 飄々と自分の道を突き進む田島がうらやましく、悔しさが募ったが、何よりも尊敬の念が勝った。
 田島はそれだけのヤツなんだ、そんな彼の視線がどこにあるのか知りたい気持ちになる。
 花井はそっとノートの上にペンを置いて正面を見据えた。視線に気づいた田島が無邪気な声で問いかけてくる。
「終わった?」
「お前さ」
「おー」
「いや……なんでもねー」
 お前ってライバルとかいんの?
 聞きたかったが改めて口に出そうとすると羞恥が邪魔をする。口を押さえて視線を逸らした。
「ナニナニ? 気になんじゃん」
「なんでもねーっつってんだろ」
 顔が急激に熱くなってくる。花井は堪えきれずにタオルの上から頭をかきむしった。
「世話がやけるなあ!」
「ちょっ、オイ! なにすんだ。たじまぁ!」
 口をつぐんだ花井に飛び掛った田島は、勝ち誇った笑みを浮かべて眼鏡を抜き取った。それをかざして見せると、花井の手が伸びてくる。するりとかわしてベッドへ走ると、上に立ってかけてみせた。
「アレ? これフツーに見えるじゃん。ダテだろ、ダテ」
「うっせーな。いいから返せって」
 舌打ちしながら徐に立ち上がると、ほどけかけたタオルの結び目を直してベッドに向かう。もちろん素直に田島が返すはずもなく、それどころかあおるように軽々と伸びてくる手をよけて見せた。
「ほらーとれねーの? 背ェ高いくせにー」
「んだと」
 かっと頭に血が上り、思わず飛び掛った。ふわりと宙に浮いた身体を支えきれず、二人はそのままベッドに倒れこんでしまう。
「いってー」
「お前がいらんことするからだろーが」
 花井は下敷きになった田島の手から乱暴に眼鏡を抜き取る。冷静になると思いのほか至近距離に迫っていた田島の双眸を凝視した。
 目が合うと下から不敵な笑みが向けられる。
「なんだよ」
「で、ナニ?」
「あ?」
「おしえろよー」
「しつけーな、もう」
 これ以上隠せば次は何を仕掛けてくるかわからない。
 観念した花井はそそくさとベッドから下りると、背中を向けてあぐらをかいた。観念したとはいえ、やはり面と向かって告げるのはためらわれる。
「……るかって思ったんだよ」
「ナニ? きこえねー」
「だから! お前がライバルって思ってるヤツいるのかって!」
 ぶっきらぼうに言い放つと、予想外の沈黙が訪れた。
 花井は不安になって恐る恐る振り返る。ベッドの上には目を丸くして自分を見つめている田島の姿。
 羞恥で赤くなっていた顔はにわかに青ざめた。
「ひ、引くなよ!」
 ごまかすように声を荒げると、唖然としていた田島が何かを悟ったとばかりに笑みを広げる。
「四番はやんねーよ。ゲンミツに」
「はぁ?」
 頭を抱える花井の傍らで田島が照れくさそうな表情をしていたが、残念ながら彼が気づくことはなかった。

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