「みはしー、いるー?」 自転車から下りながら二階に向かって待ちきれずに呼びかける。聞こえていなかったらいけないと思い、もう一度大声で叫んだ。 三橋の部屋のちょうど真下に立つと、そこから覗く顔をじっと待つ。しばらくするとためらいがちに窓が開き、そっと顔が出てきた。三橋はひどく驚いた顔をして様子を窺うように下を見下ろしている。その顔を見つけた田島は飛び跳ねながら大きく手を振った。 「出かけようぜ!」 三橋はしばし考え込むように首の後ろに手を当てて俯く。その間も田島はずっと手を振り続けていた。 思い立ったらすぐ行動、がモットーである田島。朝目が覚めた瞬間、雲ひとつない快晴の空を見上げると同時に「今日はキャッチボール日和だ」と思いついた。 何をするよりもボールに触れているのが好きである。今のチームメートは特に気に入っていて、中でも三橋と過ごす時間が一番楽しかった。 逡巡している三橋をしばし眺めたのち、彼は小走りで自転車の元へ駆けて行き、グラブを持って再び戻ってくる。それを高く放った。 「キャッチボール。な?」 その言葉に三橋の顔が上がる。放ったグラブを片手でキャッチした田島はにっと歯を見せて笑った。三橋の目ににわかに光が広がる。彼は「すぐに行くよ」と言い置いてから慌てて引っ込んだ。 「いー天気」 田島は大きく伸びをして目尻に浮かんだ涙を拭う。自然と鼻歌が漏れた。 運動公園には休日ということもあってか、さまざまなスポーツに興じる人が多く見られた。彼らは端の芝生の方へ向かう。 近くではバドミントンを楽しむ少女たちが声を弾ませていた。二人はひとまず芝生に腰を下ろし、途中で買った缶ジュースを飲むことにする。 吹く風はさわやかだったが、燦然と輝く太陽のおかげで気温は随分高い。滲む汗を手の甲で拭うと、プルトップを引いて一気に半分ほど飲み干した。 「あっちー」 三橋が深く頷く。 あぐらをかいて周囲を見回すと、みな帽子をかぶっていた。帽子を持っていなかったので田島はグラブを頭にかぶった。頭を焦がすように照りつける日差しに舌を出し、二人はそそくさと木陰に寄っていく。そこを吹き抜ける風はひんやりとしていて、彼らは同時に長い息を吐いた。 柔らかい草の感触が心地良くて、田島は両手をついて足を投げ出す。枝の隙間から漏れ入る光が胸辺りを優しく照らした。そこから微かに覗く空は思わず見入ってしまうほどの青さである。この空を見ていると、どんなにささくれた気持ちも塗り替えられてしまうような気がした。 三橋は気持ち良さそうに空を仰ぐ田島に倣ってゆっくり視線を上げる。それは迫ってくるような鮮やかさで、傾けすぎた頭は田島の肩の上に乗った。頬に細い光の筋が伸びてくる。田島は口笛を吹きながら静かに空を仰いだ。 触れた背中に互いにもたれ、しばし蒼穹を眺める。遠くから誰かの笑い声が聞こえた。 「いい天気、だね」 「な。でも雲もいいよな」 意味がわからず三橋は首をかしげる。 「ソフトクリーム、わたがし、ラーメン。うまそうだろ」 そう見える、と言いたいらしい。想像しただけでお腹が鳴りそうである。二人はお腹を押さえてため息をついた。 「今日の晩飯なにかなー」 「オ、オレ、ハンバーグ! だよ」 「腹へってきた」 三橋が不意にボールを軽く放り投げた。田島はそれを片手で軽々受け止め、人差し指の上で回してみせる。 「田島君、スゴイ!」 「スゴイか!」 「も、もう一回」 指先でくるくる回るボールを三橋は食い入るように見つめている。その様子にすっかり気を良くし、何度も得意げに披露してみせた。 青く澄んでいた空はやがて夕暮れの色に変わっていく。 「モーレツに腹へってきた」 田島は頭にグラブをかぶったまま立ち上がる。服についた草を払って立ち上がると、三橋の手にボールを返して歩き出した。 「今日の晩飯、なにかなー」 「ま、待って」 夕暮れ時にどこかから流れてきた雲は、甘くて大きなわたがしに似ていた。 |